2016年8月1日月曜日

第1415話 立ち飲み 侮るべからず (その2)

あれは2008年の秋口だったろうか―。
日経新聞の夕刊に時代小説「おたふく」(山本一力著)が
連載され始めたのは―。

朝・夕にかかわらず、新聞の連載小説は不得手である。
今までただの一度も読み通したことがない。
何かの不都合で一度読み飛ばしてしまうと、
日をさかのぼってまでフォローする気力が起こらないのだ。

散歩の途中、たまたま涼みがてらに
飛び込んだ書店の棚にその「おたふく」を発見。
懐かしみに襲われて迷わず購入に及んだ。
徒歩数分の距離にある千代田区役所内の図書館に赴き、
利用者に紛れて読み始めた。
惹き込まれてアッというまに1時間半が経過。
おい、おい、こりゃ散歩どころじゃなくなってきたぜ。

その夕べは靖国神社の大鳥居を仰ぎ見ながらの九段坂下。
フラリと入った酒場にて一酌を済ませ、早めに帰宅した。
いただき物のスモークサーモンでブルゴーニュの白を飲る。
あらかじめ用意しておいたオニオンスライスに
買い置いてあるディル・ケッパー・レモンのトリオ。
いや、けっこうでありました。

PCも立ち上げず、TVのスイッチも入れず、
「おたふく」と二人きり、ベッドインの巻である。
途中、ノドが渇いて缶ビールをプシュッとやったが
ひたすら活字を追ってはページをめくる。
そう、厚顔無恥なる王毅のおとっつぁんじゃないけど、
ページはめくりにめくられ、
600頁に及ぶ長篇を読了したのは翌明け方だった。

「おたふく」の舞台は門前仲町である。
数ヶ月前のことながらその門仲にいたのだった。
立ち飲み居酒屋「ますらお」のカウンターで
平目の刺身(500円)をつまみに飲んでいた。
添えられた本わさびに感心しながらネ。

1本180円の串かつを追加するもこれはダメ。
店主は銀座あたりの高級鮨店の出身。
肉系より魚系を得意とするのも道理だろう。

菊正宗の冷やに切り替えた。
ふと思ったことに、菊正とはいたるところで出逢えるが
櫻正宗をほとんど見掛けないのはどうしたことか―。
大好きな銘柄だけに残念でならない。

つらつら思い起こすと、
日本橋「吉野鮨本店」、根岸の酒亭「鍵屋」、
あとは浅草の牛鍋屋「米久」くらいしか浮かんでこない。
嘆くべし。

=つづく=