2017年3月6日月曜日

第1572話 ある日旅立ち (その6)

湘南の二宮駅に降り立って東海道を東に向かって歩く。
突発的な途中下車につき、界隈の下調べなどしていない。
道すがらたまたま出会った、
孫と犬を連れた老人のオススメに従って
東海道沿いの食事処「えびや食堂」の暖簾をくぐった。

店内は少々複雑な造作になっており、
小テーブル、大テーブル、加えて小上がりがある。
単身客とカップルは
おおむね大テーブルの片隅に身を置くこととなる。

ビールの大瓶にイカの塩辛が付いてきた。
いわゆる突き出しはサービス品だった。
自家製とは思えぬそれはそれなりのデキでしかない。
ちょいとつまんで箸を置く。

和・洋・中、何でもござれのメニューは
おのずから多種多彩。
すべて目を通すとかなりの時間を要する。
先刻食べた焼きそばのせいで空腹感はないから
ビールの続きとつまみがあればそれでよい。

惹かれたのは2カンで300円のにぎり鮨である。
相模湾から揚がった白身のラインナップが豊富だ。
中でもウスバハギというのに興味が湧いた。
あとで調べたらカワハギの一種のこのサカナ、
ウマヅラハギと合わせて
三大カワハギの一翼を担う珍魚らしい。

これまためったに出会えない、
アオリイカと一緒にサビ抜きで注文する。
当日の夜は東神奈川の「根岸家」で飲む予定。
その店は横浜の魚市場に至近だから
魚介料理、殊に鮮度の高い刺身がウリだ。
よって生わさびとおろし板を携帯してきた。
こんなところで役に立つとは―。

ウスバハギとアオリイカ、
合わせて4カンが1皿に盛られて運ばれた。
おっと、ウスバの身肉の上には
肝があしらわれているじゃないの。
これが何ともうれしい。
カワハギのファンなら誰しも肝の旨さは熟知していよう。

にぎりは大きくも小さくもなく、ちょうどよいサイズ。
他客に目立たぬよう深く静かに潜行しつつ、
ひっそりとわさびをすりおろす。
行儀があまりよくないが種と酢めしのあいだに
おろし立てのわさびを忍ばせ、まずウスバをパクリ。

シコッとした歯ざわりに白身特有の上品な甘み。
さらに肝の滋味が追いかけてきて、いや、マイッたなもう!
孫連れ犬連れの老人に胸の内で感謝しながら
ぞんぶんに味わい、ゆっくりと嚥下した。
マギー司郎風に横文字で言うと、ハッピー!
っつうこってス。

=つづく=