2017年3月31日金曜日

第1591話 慶喜公の墓のそば (その2)

谷中霊園を目指す散歩の起点は台東区・三ノ輪の大関横丁。
あまり訪れる機会のない三河島を通ってゆく。
ここはちょいとしたコリアンタウンで
ハングル文字の看板があちらこちらに賑やかなこって―。

到達したのは西日暮里駅前。
フランク永井の「西銀座駅前」が脳裏をかすめたが
紹介するのはやめておく。
大阪で歯科勤務のらびちゃんにまた何か言われそうだからネ。

急な坂を上り、諏訪神社の脇をすり抜けた。
富士見坂の高台から西空を臨む。
西空を右手に見ながらそのまま直進。
日暮里駅と谷中の夕焼けだんだんを結ぶ御殿坂上に出た。

昼とて暗い初音小路を行ったり来たりしつつ、
谷中霊園に足を踏み入れる。
霊園内を歩くのは滅多なことではない。
暗闇ならともかくも白昼の墓場は不気味でも何でもない。
なおかつ手入れが行き届いているから
むしろすがすがしいくらいだった。

とある墓石の前を通りすがると
嗅ぎ覚えのある花の匂いが鼻をつく。
大好きな沈丁花である。
三月の末になってこの香りを楽しめるとは―。
猫にマタタビ、J.C.に沈丁花、そう言っても過言ではない。
足元を見やると、その墓石の玉垣が沈丁花だった。
こんなふうにしてもらって仏さんもさぞシアワセだろう。

以前、谷中霊園のメインストリート、
焼失した五重塔の前の道は何度か通り抜けた。
桜並木が美しく、あと10日もすれば、
往来する人々の数が急激に増えるハズだ。

桜並木のほかはほとんど歩いたことのない霊園。
いざ来てみればかなりの広さである。
墓石群の中を縫うようにして線路群を見下ろす丘に立った。
ここからがなかなかの眺めなのだ。
桜のシーズンなら弁当を拡げ、ビールを開けたいくらい。
しかし花見はもとより、園内での飲食は厳禁とのこと。
まっ、それも道理でありましょう。

同じ都営でも岡澤家の墓のある八柱霊園は
広場があってテーブルもベンチもあって
花見を含め、ちょいとしたピクニックの穴場になっている。
あちらはずっとスペースがあるからネ。

その日の目的地、二本の小陸橋である。
まず北寄りの橋を日暮里側に渡る。
出くわしたのは一人の女性カメラマン。
レンズが行き交う列車を橋上から狙っている。
いわゆる”撮り鉄”という人種だネ。
何が楽しいのか判らんが
人はそれぞれ、趣味もまたそれぞれなのでしょうヨ。

=つづく=