2017年3月10日金曜日

第1576話 ある日旅立ち (その10)

JR京浜東北線なら東神奈川、
京浜急行なら仲木戸が最寄りの「根岸家」にいる。
横浜の魚河岸に近いのも上記2駅である。
よって当店のサカナは鮮度抜群にして種類も豊富だ。

とりわけ白身魚の取り揃えが多彩で
そこがうれしいけれど、各魚の仕入れ少な目につき、
すぐに売切れとなる魚種が頻発する。
玉に瑕とはこのことである。

東神奈川はキリンビールの勢力圏ど真ん中。
何せ横浜を発祥の地として現在の工場は生麦なんだからネ。
ラガーよりはあたりの柔らかい一番搾りで乾杯する。
この一番搾り、発売当時とはずいぶん印象が変わった。
数年前、ガラリとテイスト・チェンジしたに違いない。

突き出しは切干し大根で典型的粗品ながら
けしておざなりなではなく、丁寧に作られている。
とにかく開店後2時間が経過した。
壁に貼られた品書きにはすでに裏返されているものもあり、
早急に発注しなければ空振りの山を築くことになりかねない。

注文第一弾はハタとシマアジの刺身。
ハタには、真ハタ、赤ハタ、キジハタ、ネズミハタなど、
いろいろあるが単にハタと記されているだけで詳細は不明だ。
よしんば接客の女性に訊いても
真っ当な答えは返ってこないだろう。

相席になるまえに手早く生わさびをすりおろし、
運ばれた2種の刺身をさっそく賞味にかかった。
ハタはサカナ臭さとはまったく無縁、
高級魚の片鱗をうかがわせる。
でも、このサカナは広東風に清蒸にするのがベストで
あまり刺身向きじゃないのも事実だ。

シマアジは死後硬直がとけかかっており、
コリコリ感薄く、締められたのは前日かもしれない。
分類上、青背にくくられようが
その上品な口当たりは白身にもっとも近い青背といえる。
特徴的な銀色の肌が美しく、深窓の令嬢を思わせた。

日本酒の金印の燗に切り替え、
おそらく客の7~8割は頼む玉ねぎフライとポテトフライを。
本来なら刺身で清酒、フライでビールといきたいところなれど、
売切れの心配無用の揚げ物がどうしても後回しになるのだ。

ほどなく初老の男性二人と相席になった。
二人ともデッカい温奴をで始めている。
奴系は男二人が分け合うものではなかろうが
サイズがサイズだけに芸のない注文と言えなくもない。
余計なお世話だけどネ。

お銚子を3本ほど空け、追加注文すら忘れて
立て混む店内から脱出した。
これから東京方面に戻り、飲み直しである。
みたび京浜東北線の乗客となりましたとサ。

=おしまい=

「根岸家」
 神奈川県横浜市神奈川区東神奈川1-10-1
 045-451-0700