2012年1月19日木曜日

第233話 バッテラとベッタラ (その3)

渋谷区・幡ヶ谷の「魚貞」で
刺盛りを肴に生ビールを楽しんでいる。
あっさりめのぶりは佐渡の産。
やがらは薄造り、青柳はヒモ付きであった。

入念に吟味して久々に出会ったベッタラ漬と
小鍋仕立てのねぎま鍋を所望する。
町の料理屋ではちょくちょく「~~鍋二人前より」なんて
洒落た文句に出会うけれど、フン、糞食らえ!である。
ふぐちりでもすき焼きでもちゃんこでも鍋専門店ならいざ知らず、
居酒屋でそんな科白に出食わすのは不快極まりない。

おっと、今日はベッタラであった。
日本橋大伝馬町の宝田恵比寿神社界隈では
毎年10月19、20日の両日にべったら市が開かれ、
下町の秋の風物詩となっている。
くだんのベッタラをポリポリやると、
甘みがフンワリと口の中に拡がった。

ねぎまは鉄鍋で来た。

まぐろタップリのねぎま小鍋

焼き豆腐としいたけも入ってゴージャスなれど、
ねぎま鍋らしく、もっと長ねぎが欲しい。

ここで待望のバッテラである。

正方形が8ピース

普通は長方形が6切れで来るが
これはいわゆるキュービック・カットだな。

何も付けずにパクリと1つ。
むむっ、ふむ、ふむ、ふが、ふが、ごっくん!
う~む、悪かあないけど、酢めしにパンチがない。
鯖本体にも酢が足りんなァ。
白板昆布にもうちょい甘味があったほうがいい。
やはり餅は餅屋、鮨は鮨屋である。

2つ目の前にベッタラをもう1切れ。
このとき突然、記憶が28年前にさかのぼった。
あれは赴任先のシンガポールでの出来事。
自宅にクライアントを招いた日のことだ。

ラッキープラザにあった「鮨 野川」に赴いたのは
夕方の5時頃だったろうか。
店番をしていた通称・三太郎にバッテラを2本調整してもらう。
三太郎は中国本土の出身。
数年前、香港まで泳いで密入国したツワモノだ。
祖師谷大蔵の「鮨 青柳」で修業しており、
江戸前シゴトもきっちりこなす。

作らせている間はリカーショップでワインを調達した。
出来上がったバッテラをピックアップして帰宅。
ほどなく来宅したクライアントと晩餐が始まった。
大いに盛上がり、締めはくだんのバッテラだ。
おもむろに「鮨 野川」の折箱を開く。
「アッ!」―思わず声がもれた。
箱の中身はバッテラに非ず、何と2本のベッタラであった。

バッテラよ、ベッタラのために詰めて詰めて

時を超えて会いまみえた両雄、せっかくだからとカメラに収めた。

=おしまい=

「魚貞」
 東京都渋谷区幡ヶ谷2-8-13
 03-3374-3305