2012年1月25日水曜日

第237話 廃墟の猫 (その1)

先週、「週刊現代」をめくっていてハタと手が止まった。
手を止めたのは主に作家たちが入れ替わりで綴る、
「わが人生最高の10冊」という連載コラムである。
その回の担当者はは芥川賞作家の藤原智美サン。
女性みたいなお名前だがレッキとした男性だ。

彼が選んだベストテンには
「ティファニーで朝食を」で有名なカポーティの「冷血」、
「トロッコ」や「杜子春」を収めた芥川龍之介の短編集、
安部公房の「砂の女」などが並んでいた。
そう言えばこのほど芥川賞を受賞した田中慎弥サンは
嫌いな作家として芥川の名前を挙げていたっけ・・・。
会見では石原慎太郎知事に逆襲してもいた。
ハハハ、慎・慎対決だネ、こりゃ。

今、コレを書きながらトワ・エ・モワのアルバムを聴いている。
いや、神経はより書くほうに集中しているから
聴きながら書いているのだがネ。
ちょうど大好きな「愛の泉」が終わり、
ジェリー藤尾が歌った「遠くへ行きたい」に替わったところ。
気がつけば、このデュオの男性ヴォーカルも芥川クンだ。
まっ、どうでもいいことですけどネ。

ハナシを藤原サンの選んだ10冊に戻す。
第1位はポール・ニザンの「アデン アラビア」だった。
今回のサブタイトルは
「『アデン アラビア』から70年後に同じ舞台を追体験しました」。
講談社には無断で出だしを引用してみる。

「ぼくは二十歳だった。それがいちばん美しい歳だとは誰にも言わせない」
 という、『アデン アラビア』の冒頭の一節と出会ったのは中学3年のころ。
ある漫画誌に掲載されていた真崎守さんの漫画の、
やはり冒頭に引用されていたんです。
青春とは美しいものではなく、つらく苦しいものだという、
いわばアンチ青春のスローガンのようなこの一節が、
思春期の入り口にさしかかっていた僕の心をとらえた。
大げさに言えば、文学的なものに対する興味を芽生えさせてくれたんです。


ときは1970年初夏。
春に入学したものの、結局は数ヶ月しか居なかった大学に
J.C.が通い始めてまだ1~2ヶ月の頃だった。
友人のKと高田馬場方面へ歩いている途中、
彼に袖を引かれて1軒の書店に入った。
「オレ、この小説の書きだしが最高に好きなんだけど、どう思う?」―
そう言いながら彼が開いた1冊が「アデン アラビア」だった。

週刊誌をめくっていて手が止まるのも当然でしょう?
その後、何度か「アデン アラビア」の冒頭に遭遇したけれど、
此度の衝撃はことのほか強烈だった。
Kにしても藤原サンにしても思春期の若者が
この文章に出会って同じ思いにとらわれるのもうなずける。

書店をあとにした2人が文学論でも戦わせようと
晩めしを食いに入ったのは
「早稲田松竹」の裏あたりにあった名もないコリアンめし屋。
店名のない、文字通り名もないめし屋だ。
そのときKが強くすすめてきた一品は
まだ19年しか生きていない人生で
初めて食するものであった。

=つづく=