2012年1月26日木曜日

第238話 廃墟の猫 (その2)

1970年の初夏、大学の友人Kに誘われて
「早稲田松竹」裏のうらぶれたコリアンめし屋にいた。
初めて食べる料理の出来上がりを待っていたのだ。

ほどなく店のオモニがどんぶりを両手に現れた。
中をのぞくと白飯の上にスープがぶっかかっている。
Kによれば、クッパという食べものだそうだ。
コリア風スープ茶漬けというより、
味噌汁ぶっかけ飯というのが第一印象だった。

好みのタイプじゃないなァと思いつつも
一匙、二匙と食べ進み、そこそこに美味しくいただいて完食。
これがクッパとの初顔合わせであった。
満腹になり、映画や文学について熱く語り合ったっけ・・・。
ゴダールだ、アントニオーニだ、サルトルだ、カミユだ、
大江健三郎だと、話題は尽きることがない。
若かったんだねェ。

当時はまだ焼肉店が少なかった時代。
コリアンめし屋も初めての経験だったのである。
半島から来た食べもので口に入るのはキムチくらいのもの。
キムチじゃなくて朝鮮漬けという名前で呼ばれていたけどネ。

40年あまりの歳月が流れ、
ビビンパもチゲ鍋も冷麺も食べるようになった。
ただ、どちらかと言えば、
焼肉を含めてコリアン・キュイジーヌはあまり好まない。
全体に味付けが濃すぎて自分の舌にフィットしないのである。

2年ほど前だったか、飯田橋から神楽坂を経て
早稲田を抜け、高田馬場に向かう散歩の道すがら、
突如、脳裏をよぎったのはあの名もないコリアンめし屋だ。
店のあった辺りは今、どうなっているのだろう。
いったん思いつくと、気になって仕方がない。
「よっしゃ、探してやろうじゃないか!」―心に定めた。

この時点で店のあった場所を正確に思い出せたのではなかった。
手がかりは明治通りと早稲田通りがクロスする、
西早稲田の交差点からそれほど遠くない地点というだけである。
でも、それだけでじゅうぶんだった。
探し回ることホンの10分、すぐに目標は見つかった。

むろんのことに店はない。
ないが、跡形もないというのではなく、
建物は崩れかかりながらも何とか残っていた。
廃屋というか、むしろ廃墟はこういうのをいうのだろう。
誰が管理しているのか存ぜぬが、よくもまぁ、である。

ふと足元を見れば不気味なことに
廃墟には数匹の野良猫が巣食っているではないか。
近づいても逃げはしないが、警戒の視線は鋭いものがある。

「ゲッ!」―あまり物事に動じないJ.C.が
声を発して一歩あとずさりを余儀なくされた。

=つづく=