2012年12月11日火曜日

第466話 山手線をひとめぐり (その2)

山手線めぐりは上野から大塚へ。
大塚はかつての三業地。
往時は隣りのターミナル駅・池袋をしのぐ繁華を誇った。
三業地って何だ? ってか?
料亭・芸者置屋・待合の三業種を当局から認可され、
それぞれが営業していたエリアでござんす。

名残りが漂う街で真っ先に訪れたいのが
南口のロータリーに面する酒亭「江戸一」。
当ブログでたびたび紹介しているから今さら多くを語らぬが
文字通り、江戸で一番の酒亭がここ。
日本酒党はぜひ出向き、一献傾けていただきたい。
店と客が一体となって小粋な空間を育んでいる。

大塚駅改札を南に出てたたずむと、
ロータリーをゆっくり通過するチンチン電車が
古き良き東京をしのばせてくれる。
JR山手線と都営荒川線がモロに交差するのは
都内広しといえどもここだけ。
偶然の産物だろうが、この光景はずっと失いたくない。

都電の路線で思い出深いのは
深川・木場から乗った丸の内南口行きと
池袋東口から乗った数寄屋橋行き。
何年か前にスイスのチューリヒでストリートカーに乗車したとき、
大都会・東京と小都会・チューリヒの彼我の差をつくづく感じた。
東京に残る唯一の都電、荒川線だけは何としても残そうヨ。
それが東京都民のつとめであろう。

山手線の中で大嫌いな新宿と渋谷はトバそう。
どちらも人が多すぎて生きた心地がしない。

そうしてやって来た五反田。
ここのいいところはホームから見下ろせる東口ロータリー。
やはり地表にロータリーを持つ駅はいいやネ。
地方へゆくとロータリーの上に
歩道橋を兼ねた広場が広がる駅が目立つ。
苦肉の策だとしてもヤボッたさがすべてをブチ壊している。

東口から線路沿いを目黒方面に歩いてほどなく、
「助川ダンス教室」の看板が見えてくる。
教室の入るビルを超えてすぐ、右側に小さな石段がある。
何の変哲もない階段だがスクリーンを通して
この上に若き石原裕次郎の姿を見ることができた。
当時、J.C.は小学校に上がる前のマセたガキだった。

映画は「嵐を呼ぶ男」。
階段上に現れたのは弟役の青山恭二と
その恋人の芦川いづみの3人。
階段の上に裕次郎の家族が住むアパートがあったのだ。
母親とのいさかいで部屋を飛び出した裕次郎が
へし折った棒っ切れをスティっク代わりに
ドラムに見立てたドラム缶をたたく。
忘れられないなァ、あのシーン。

この映画をキッカケとして日本人は
ガソリンの入ったデカい缶をドラム缶と呼ぶようになった。
なあ~んていうのは嘘。
映画が公開されたのは昭和32年。
そう、街には「有楽町で逢いましょう」が流れていたっけ。