2013年6月6日木曜日

第593話 荷風の”食跡”を訪ねて (その1)

手元に岩波文庫版の「断腸亭日乗」がある。
荷風散人こと、永井荷風の代表作は
特筆されるべき日記文学の力作といってよい。
淡々ととした(ときとして濃密)筆の運びから
力作というのも何だかなァ・・・という気がしないでもないが
何せ大正6年9月16日から
亡くなる前日の昭和34年4月29日まで綴られた大長編、
昔から継続は力なりと申しますもんネ。

最晩年の荷風は毎日のように
市川市・八幡の自宅を出ては浅草に現れ、午餐をとっている。
それもほとんど今もある「アリゾナ」で―。
日記にはっきり「アリゾナ」と書かれているわけではないが
おそらく間違いはなかろうと思われる。

亡くなる前年、昭和33年の元日に
合羽橋通りの「飯田屋」で昼めしを食べてから
16ヶ月のあいだ、日記に登場する店舗は「アリゾナ」と
京成八幡駅前の「大黒屋」だけだ。
小まめに自炊した荷風だが、よくも飽きないものヨと驚嘆してしまう。
もっと驚くべきは3軒とも現存することだ。
没後54年、幾星霜を経て生き残っている事実は
にわかに信じがたいものがある。
これこそまさに”継続は力なり”そのものだ。

2ヶ月に1度ほど会しては
飲んだり食べたりする間柄にさだおサンと和雄サンがいらっしゃる。
毎度、会場選びはJ.C.の役目なので
此度は荷風ゆかりの「アリゾナ」にしてみた。
ちなみに現在の店名は「アリゾナ・キッチン」。
前回はたまたま、どぜうの「飯田屋」であった。
偶然にも荷風の”食跡”をたどってるんですなァ、これが!

当夜、集結したのはオジさん3名+妙齢の美女(?)3名。
エヘヘ、ちょいとした「パンチでデート」状態だネ。
揃ってビール好きのオジさんたちは
零次会としてどこぞで一杯飲るのが常、
その日は浅草のランドマーク、「神谷バー」に集まった。

季節もよくなり、生ビールの旨さがこたえられない。
殊にこの店の中ジョッキは他店の大ジョッキ並みのサイズ、
1杯でじゅうぶん堪能できちゃうのだ。
つまみは天豆(そらまめ)のみながら、
そらぁマメなこって、なんちゃって。
あいや、失礼!

そうしてこうして邂逅した6人がイタリアはマルケ州の赤ワイン、
サン・ロレンツォで乾杯したわけなのだ。
それぞれに喜色満面、
これはもう楽しい一夜が約束されたようなもんですな。

ーつづく=

「神谷バー」
 東京都台東区浅草1-1-1
 03-3841-5400