2019年7月11日木曜日

第2173話 流れ流れて多摩川線 (その4)

東急多摩川線・武蔵新田駅前の「白鶴」。
こちらは大箱の駅前店である。
すぐ近くの本店はずっとコンパクトで家庭的だ。
どちらも未訪ながら、中をのぞいたことはあった。
店頭のボードを見ていて惹かれたのは生がき。
宮城産と一筆あるけれど、
製造所の証明書は岩手県の大船渡市・赤崎町のもの。
イージー・ミスだろうが
”三陸産”としておけば、問題はないのに—。

暖簾をくぐり、先客が1人だけのカウンターへ。
テーブルはそこそこ埋まっているものの、
まだ早いせいか、閑散としている。
取るものも取りあえず、アサヒの中瓶を所望する。
ノドを鳴らしてグラス2杯を瞬時に飲み干した。
待った甲斐あって、その美味さは今年のベストなり。

お通しのもずく酢を運んでくれたオネエさんに
1個300円の殻付きかきを2つお願いする。
それにしてもこの時期に真がきが出回っているなんて
ひと昔前には考えられないことだヨ。

ものの5分で届いたそれはかなりのビッグサイズ。
岩がきと見まごうほどだった。
ポン酢・きざみねぎ・紅葉おろしは無視してレモンを搾る。
生がきにはレモンだけでモア・ザン・イナッフ
サイズがサイズだけに味わいは濃厚、しかも繊細。
オイスターバーだったら1個500円の値付けとなろう。

中瓶をお替わりして串焼きを—。
焼きとんのレバ(90円)をタレ、
当店名物の牛ハラミ(300円)は塩、1本づつ通した。
するとレバが意想外に上出来。
鮮度高くして、火の通し、タレの塩梅もよく、
下町の優良店のレベルに達している。
大串のハラミもまずまずながら
価格差を考慮したら、レバ3本を択んだほうが賢い。
しかし、こういった串モノは冷めるとダメ。
旨みが急降下してしまう。

いずれにせよ、この店は当たりだった。
9年前の時点で利用すべきだった。
さすれば、かくも長き空白は生まれなかったものを—。
2400円の支払いにも満足至極。

中瓶2本でいい心持ちとなり、
「飯田酒店」に寄るのをコロリと忘れて
なおも歩みを進める。
隣り駅は矢口渡(やぐちのわたし)。
かつて多摩川べりにあった矢口の渡しが駅名の由来だ。
1949年、多摩川大橋の完成とともに
役割を終えた渡しは消えた。

ふらふらと駅周辺を物色する。
気になったのは3軒。
懐かしの町中華、千客万来の焼き鳥屋、
そして端正なたたずまいを見せる鮨屋だ。
星のない夜空を見上げ、ここが思案のしどころであった。

=つづく=

「白鶴 駅前店」
 東京都大田区矢口1-17-1
 03-3758-2233