2011年4月7日木曜日

第26話 故郷に錦のヒッチコック

アルフレッド・ヒッチコックの「フレンジー」を観た。
彼の準遺作である。
準遺作なんて言葉があるとも思えないけれど、
遺作の一歩手前、ゴルフ・コンペでいえばブービーに相当する。
ロンドンが舞台の「フレンジー」を初めて観たのは
1974年か75年、奇しくもロンドンでのことだった。
おそらくBBC1のTV名画座であったろう。

当時の貧弱な英語力では
イマイチ内容がチンプンカンプンながら印象はよかった。
ふとしたことからこの映画のことを思い出し、
TSUTAYAから借り出したのだ。
秀作・凡作が相前後するヒッチコックの作品群。
ベストファイブを選ぶとすれば、こんな感じだろうか。

 ① めまい(キム・ノヴァク)
 ② 鳥(ティッピ・ヘドレン)
 ③ フレンジー(アンナ・マッセイ)
 ④ 裏窓(グレース・ケリー)
 ⑤ ハリーの災難(シャーリー・マクレーン)
      *( )内はヒロインを演じた女優

通好みの女優が並んでいる。
映画のデキとしては「めまい」が断トツ。
サンフランシスコの街並みも美しい。
「鳥」が世に巻き起こしたセンセーションも特筆すべきだ。

さて、本日の主役、「フレンジー」である。
この作品は長いことハリウッドで仕事を続けてきたヒッチが
舞台をロンドンに移し、
いわば故郷に錦を飾る凱旋の一作とも呼べるもの。
ロンドンという街の魅力がスクリーンに横溢している。
かつて青果市場のあったコベントガーデンの様子が
活写されており、記録的価値も非常に高い。

舞台出身の俳優陣はほとんど無名の役者が多く、
きわめて低コストの作品となったが
彼らの演技力や存在感が異彩を存分に放っている。
殊に敵役のセクシュアル・サイコティック(性的異常者)を
演じたバリー・フォスターがすばらしい。
「サイコ」のアンソニー・パーキンスみたいに
翔んでないからよりリアリスティックなのだ。
風貌は英国版・天知茂でピッタリだろう。

女優陣では結婚相談所の秘書役、
ビリー・ホワイトローが白眉。
あえて美貌を包み隠して男を拒むレズッぽさを漂わせ、
更年期を想起させた排他性が水際立っている。
英国の舞台俳優は味わい深い。
さすがはシェイクスピアを生んだお国柄である。

オープニングに流れるテーマミュージックも卓抜。
確執から巨匠ヘンリー・マンシーニを降ろしてまで
採用したロン・グッドウィンが実にいい仕事をしている。
ヒッチコック・ファンならずとも
ぜひ観ておきたいセミ倒叙ミステリーである。