2011年4月1日金曜日

第22話 本郷菊坂 ロシアの夕べ

樋口一葉ゆかりの本郷菊坂。
坂の途中にある石段をトントン降ってゆくと
彼女の営みを支えた井戸が現存しており、
明治という時代の意外な近さに驚かされる。

かつては多くの文人が逗留した菊富士ホテルも
この坂の中腹にあった。
中腹といっても険しい山や峰のそれとは違い、
なだらかなスロープを形成している菊坂である。

坂を降り切ると、唐突に現れるのがロシア料理店「海燕」。
ロシア文学に明るい方ならすぐに察しがつこう。
そう、ゴーリキーの詩、「海燕の歌」が由来の店名だ。
代々木に発し、根津を経て、この地に移転してきた。
知る限り、厨房を取り仕切るのはずっと店主一人きり。
5年も前になるが銀座のロシアン・バーで
たまたま隣合わせになり、言葉を交わしたことがある。
昔、文学青年だったであろう彼の骨柄からは
文学の匂いよりも職人気質を感じた。

3ヶ月に1度、NYCリユニオンと称して食事会を催している。
TBSラジオ「森本毅郎・スタンバイ!」の
ウォールストリート情報コーナーに
現地から電話出演していたコメンテーターと
東京のスタジオのディレクターが集まり、
思い出話に花を咲かせている。
会場となる店の手配はJ.C.のミッションにつき、
今回は「海燕」に白羽の矢を立ててみた。
久々の訪問なので、ひと月前には若い友人を伴い、
下見・試食・予約のための訪問もこなした。

リユニオン当日に参集したのは7名。
こぞってよく飲み、よく食べた。
この仲間に下戸はいない。
ロシアのビールとウォッカ、ポーランドのズブロッカを
ガンガン飲って一同したたかに酩酊し、
翌日は二日酔いに苦しんだ愚者も少なくない。

ザクースカ(ロシア前菜)は魚介を中心に。
ゆでたじゃが芋を添えたセリョートカ(ニシン酢漬け)、
ディルの香りのサーモンマリネ、
イクラはブリニ(そば粉のパンケーキ)とともにいただく。

主菜はウクライナの民族料理、キエフ風カツレツ、
グルジア風仔羊の串焼き(シャシーリク)、
ビーフストロガノフをステーキ状に仕上げたヴィッキー、
以上、3点である。

ロシア料理はボルシチとピロシキしか知らないメンバーが
ほとんどで新鮮味も手伝ってか、評判は上々。
しかるにみな、あまりにも飲み過ぎた。
バラのジャム入りロシア紅茶を喫したものの、
ズブロッカの片手間だから
酒の中に抽出されている桜の葉にも似た、
バイソングラスの匂いに押されてしまい、
バラと紅茶の風味を味わった覚えがない。

ちなみにバイソングラスとは野牛の草、
ヨーロッパバイソンの主食となる野草のことだ。
桜餅の匂いにそっくりなんだな、これが!

「海燕」
 東京都文京区本郷4-28-9
 03-6272-3086