2013年1月29日火曜日

第501話 狸小路の一夜 (その1)

その夜は京急蒲田の一つ先、雑色で飲んでいた。
名うての酒場に乗り込んだのは17時だったが
費やした時間はたったの1時間のみ。
ところが、それからが長い。
松山千春じゃないが「長い夜」の始まりだったのである。

当夜は遠来ののみともと横浜で落ち合い、飲む手はず。
相方は湘南で通夜に列席したあと、横浜に戻って来る予定だ。
待合わせタイムは20時半。
やれ、やれ、時計を見ながらため息が出ちゃうヨ。
しかも喪服で来るヤツをジャンパー&ジーンズでお出迎えはまずい。
久しぶりにスーツに袖を通しちまったヨ。

一杯飲んだあと、雑色のレトロな商店街を一めぐりして
早めに横浜に移動する。
横浜で飲むときは横浜駅周辺よりも
桜木町にほど近い野毛地区がほとんどだが
京浜東北線ではなく、東海道線沿線を選んだ。

時計の針は19時をちょいと過ぎている。
駅西口の狸小路を徘徊してみた。
前回、ここの「味珍本店」と「のんきや」をはしごしたのは
2年半前のこと、今宵飲むのもこのエリアであろうヨ。

取りあえず独り飲みである。
同じ店では面白くないから初めての「呑喰処 一福」へ。
カウンターだけの狭い店だがオモテの貼り紙に
「お飲みものだけでもお気軽にどうぞ」とあったのが気に染まった。
生ビールを所望すると、お通し代わりの一品は
鳥つくねと白菜のクリーム煮だ。
冬場でもめったにコートを着ないタチだから
雑色と横浜を歩き回って身体は冷え切っている。
そんな身に温かいクリーム煮のありがたさといったらない。

三十代半ばだろうか、
マダムやママというタイプではない女性が独りで営んでいる。
料理のスジはまことによろしいものがある。
たとえ飲みものオンリーOKでも
こういう場所でつまみにノータッチというのは愛想がない。
酒飲みには酒飲みの流儀があるのだ。

焼き鳥が自慢らしく、しかも1本から焼いてくれるということで
白レバー(250円)とボンジリ(200円)を1本ずつ。
2杯目のビールを飲み干す頃、焼き上がったそれを口にして
いや、驚きましたネ、相当な水準に達している。
近所には焼き鳥屋が散在しているが
まったくヒケを取らないどころか、他店を凌駕しているのではないか。
狸小路に来たら必ず再訪しようと心に決めたのだった。

=つづく=