2013年4月15日月曜日

第555話 ひとりわが家で食うメシは (その3)

上野動物園でひとり飲みを楽しんだあと、
たまたま寄り道した魚のデパート「吉池」である。
おかげでひとり飲み転じて、ひとりメシと相成った。

北海道産栗蟹のペアが蒸しあがったところだ。
そのまま室温で冷ましたら、冷蔵庫で1時間ほど冷やす。
蒸し立ても悪くはないが適度に冷やしたほうが
身は締まって繊細な旨味も生じる。

続いてエイ(カスベ)の煮付けに取り掛かった。
水・日本酒・砂糖・醤油を適当に鍋に張り、
火にかけて煮立ったら、根生姜の皮数片とエイを投入。
しばらくしてアルミホイルの落としぶたを魚身にかぶせた。

大した時間は掛からないのでその間に
韓国産赤貝と富山産蛍いかの盛り付けを済ませておく。
小ぶりながら色あでやか

肥えた内臓で身がはちきれんばかり

ともにラップして冷蔵庫へ戻し、室温に戻るのを防ぐ。

そうこうするうち、エイが煮上がった。
火を止める直前に常備してある実山椒の醤油煮を振り掛けた。
これがアルとナシでは大違い。
鰯でも秋刀魚でも鯖でも、
とにかくひとクセあるサカナの煮付けにはわが家の必需品だ。
キレイな出来映えに頬がゆるむ

同じものをもう1皿作り、これは冷蔵庫に一昼夜寝かせる。
そうすると庫内の冷たさに煮汁が凝固して
すばらしい煮凝(にこご)りが完成する。
その旨さたるや尋常ではない。
ゆっくり味わっても全然溶けない市販のニセ煮凝りなんぞ、
金輪際食いたくなくなること請け合いの逸品となる。

でき上がった4品のうち栗蟹だけを食卓に運び、
サァ、ひとりメシのスタートだ。
といってもメシを炊くわけでもなく、缶ビールをプシューッ。
そうしておいてしばらくは蟹と格闘である。
個体が小さいからむきにくさは、はなはだしいものがあった。

生酢に生醤油を数滴垂らし、蟹肉をちょいとつけて口元へ。
上海蟹より一回り大きいくらいのサイズでは
毛蟹を食べるときのようなダイナミズムは望むべくもない。
それでも北海の幸を実感できた。

韓国の赤貝も悪くない、悪くない。
大分産に似た淡白な味わいながら

 吾(われ)も亦(また) 紅(くれない)なりとひそやかに

ちゃんと主張すべきは主張している。

富山湾の蛍クンもいいじゃないの、いいじゃないの。
添え付けの酢味噌、おろし立ての生姜醤油、
これまたおろし立てのわさび醤油と、
三つの味でいただき、甲乙丙つけがたし。

さてドンジリに控えし、レ・オ・ニツケ・ド・ポワヴル・ジャポネ。
いわゆるエイの有馬煮ですな。
これを菊正の樽酒と飲って驚いた。
両者が口中であられもなく絡まり合い、
カーマストラにおける男女の肉体の如し。
味わう当人とてすっかり羞恥を忘れて
人目のないのを幸いに身悶えしちゃったのでありました。

=おしまい=

「吉池」
 東京都台東区上野3-11-7
 03-3836-0445