2013年8月9日金曜日

第639話 魔がさして御徒町 (その5)

御徒町は「かっぱ寿司1号店」での昼食も大詰め。
最後のにぎり2カンは煮ものである。
穴子・ハマグリ・アワビ・シャコといった面々だ。
タコも一応煮ものにくくられるが
重要な位置を占めるほどの存在感はない。
すでに食べたことだしネ。

目の前のガラスケースの上に穴子が山積みになっている。
大雑把に数えると、2カンづつとして50人前はあろうか。
人気の鮨種なのだろう。
アナゴは江戸前鮨における煮ものの代表格、
相手にとって不足ナシ、無条件でアナゴをお願いする。

先刻、マグロブツのヅケのしずくを飛ばした職人に訊かれた。
「アナゴは塩、ツメ、どちらで?」
「そうですネ、ツメで」
やり取りが交わされる間にもあちこちで「アナゴ!」の声が挙がる。
その頻度たるやマグロに遜色ないくらいだ。

アナゴってこんなに人気があったかな?
ひょっとしたらウナギが高騰したために
その代用として庶民が目を向け始めたのかも・・・。
さもありなんて、両者の価格差は5倍くらいあるんだから。

大瓶のビールが空き、追加すべきかしばし悩む。
昼からバカスカ飲むのは傍目にもみっともないのでこらえた。
当初の予定の豚かつならビールはナシ、
ここはこれでヨシとしよう。

そんな心の葛藤などお構いなく、
大トリのアナゴは小皿に乗ってやって来た。
一目で身の厚さが判る。
箸でつまんでパクリとやった。
咀嚼すること10秒ほど、強烈な違和感に見舞われた。
ぬぬっ、コイツはアナゴじゃないゾ!
長いこと鮨を食べ続けてきて初めて出逢う味だ。
形容しがたい臭みが口中から鼻腔に抜ける。
嚥下するのに一苦労した。

コレはいったい何なんだ?
記憶の糸をたどって行き着いたのが以前読んだ1冊の本。
とても2カンは食べられず、1カン小皿に残しての勘定は1680也。
魔がさしたとはいえ、後悔の念が帰宅するまであとを引く。

書架から抜き取った1冊の新書は”食”だけでなく、
”裏の社会”にも詳しい、吾妻博勝サンという方が著した、
「鯛という名のマンボウ アナゴという名のウミヘビ」である。
インパクトの強いタイトルに惹かれて即買い求めたのは
6年前の秋であった。

=つづく=

「かっぱ寿司1号店」
 東京都台東区上野4-1-10
 03-3831-0872