2015年12月16日水曜日

第1252話 最後の牛もつ (その1)

その日は都営地下鉄・新宿線の西大島で下車。
この街には何回か訪れた気に入りの店があり、
当日も遅めのランチをとった。
それはまた近々紹介するとして今話は先を急がねばー。

丸八通りを真っ直ぐに南下。
都内有数の長さと店舗数を誇る砂町銀座に到着した。
商店街の端から端まで踏破し、
これもまた都内有数の親水公園、仙台掘川公園を西に歩む。
続いて銀杏の枯れ葉舞う広大な木場公園を突っ切った。

そうしてやって来たのが門前仲町。
富岡八幡宮から深川不動堂を経て
都営・大江戸線の駅に向かう途中、
差し掛かったのが一軒の精肉店である。

その名を「明石屋」という。
最後に立ち寄ったのは4年前のことだ。
買い物をする気はなっかたが
せっかくだから店頭に群れる主婦たちに入り混じる。

この店で購入するのは二品のみ。
国産牛のもつと豚の生ベーコンだ。
ところがなぜかショーケースに生ベーコンが見当たらない。
売り場のオバちゃんに訊ねたら
「もう、無いんですよぉ」―
申し訳なさそうなセリフが返ってくるのみ。

売り切れではなくて口調から推察すると
ずいぶん前に製造を取り止めたらしい。
無いものねだりをしても仕方ないので牛もつを250gお願いした。
すると、まさにそのときだ、
目の前にぶら下がる貼り紙に気づいた。
 
何と、「明石屋」がこの19日に閉店するというではないか!
昭和23年の開業だから実に六十有余年、
これもまた都内有数の老舗が今消えてゆく。
こりゃ居ても立ってもいられやしないぜ。
 
 翌日、昼過ぎには厨房に立つ。
もう二度と味わえぬ「明石屋」の牛もつで
自家製煮込みの製造に没頭したのだ。
 
一度湯がいてあるから臭みとりの茹でこぼしは不要だ。
 生姜の薄切り数枚とにんにく一片を忍ばせ、
かなりの量の日本酒を注ぎ、トロ火で茹でること数時間。
その後、信州・上田の信州味噌と
三州・岡崎の八丁味噌を使用量全体の半分に
隠し味の砂糖を少々投じ、さらに数時間煮込んだ。
 
八丁味噌は豚もつとの相性イマイチなれど、牛もつには必要不可欠。
仕上げに再び二種類の味噌を加えて味を整える。
煮上がったところを小さな土鍋に移し、
さらに火に掛けてグツグツが始まったら
きざみねぎを盛り付け、食卓に運んだのであった。
 
=つづく=