ダイヤ菊なる酒をご存じだろうか?
信州・諏訪が産する清酒である。
紹介するにあたり、造り手のHPを無断借用させていただこう。
別段、叱られることもないと思われるし・・・。
ダイヤ菊の歴史
信州・諏訪が産する清酒である。
紹介するにあたり、造り手のHPを無断借用させていただこう。
別段、叱られることもないと思われるし・・・。
ダイヤ菊の歴史
| 当蔵は享保2年(1717)に 諏訪高島藩御用商人米問屋の「大津屋」として創業いたしました。 その後大正3年(1914)酒造りに乗り出し、 酒造りに適した立地条件と、先人の努力が実り、 当時の銘柄「ダイヤ菊」「ダイヤ鶴」は 東京市場でも大いに受け入れられるほどの人気を博しました。 その後昭和26年(1951)ダイヤ菊酒造株式会社を設立し、 地元の皆さんや小津安二郎監督をはじめとする、 茅野を訪れた様々な方々に愛され現在に至っております。 なお「ダイヤ菊」の名称は 最高の宝石「ダイヤモンド」と日本の名花「菊」を組合せ、 最高のお酒を目指して名づけられたものです。 米問屋が酒造りを始めて1世紀の歴史を刻んでいる。 ダイヤ菊酒造はその後2008年に 社名を諏訪大津家本家酒造と改称した。 往時、ダイヤ菊とともに醸造されていたダイヤ鶴は 現在、製造されていない。 この国ではちょうど1世紀半前、 菊が栄えて葵は枯れた。 いや、菊が栄えるために葵を滅ぼしたのだ。 歴史は繰り返すものなんだねェ。 信濃の国でも菊は咲き誇り、 鶴は北の空に消えたまま戻ってこない。 大津家本家のHPに映画監督・小津安二郎の名前が見える。 小津はたびたび脚本家の野田高梧を伴って 蓼科高原の別荘にやって来ている。 ベツに遊びに来たわけではない。 新作を仕上げるための遠征だ。 要するに大事な仕事なのだが 実体はほとんど酒浸り状態だった。 このとき彼らが浴びるように飲んだのが 地酒のダイヤ菊だったというワケだ。 手元に「いま、小津安二郎」なるムックがある。 小学館のショトルシリーズ、 Shotor Library に納められた1冊は2003年の発行。 ここに清酒ダイヤ菊にまつわる一文を見つけた。 次話で紹介してみたい。 =つづく= |