2016年3月4日金曜日

第1309話 小津が愛したダイヤ菊 (その3)

小学館発行の Shotor Library は「いま、小津安二郎」。
巨匠に可愛がられた三上真一郎の一文を続けよう。

いつものように飲まされてもうフラフラ。
最後の方はよく覚えていないんですが
突然アコーディオンが鳴り始め、
軍艦マーチの演奏が始まったんです。
小津先生の横で飲んでいたのですが、
先生が立ち上がって敬礼した。

あの「秋刀魚の味」のバーでの敬礼シーンです。
それに合わせて、40名ほどのスタッフも全員立ち上がり、
座敷の真ん中に立っている先生を囲んで
グルグル行進したんです。
「小津先生に敬礼!」って言いながらね。

あのときぼくは行進組に入らずどういうわけか
敬礼を受けている先生の横に立って
敬礼をしていたところまでは覚えているんですがね。

後に山内プロデューサーから
「真公には呆れたよ」といわれちゃって
「なんです?」と聞き返すと、
「本当に覚えていないのか?」という。

よく聞いてみると、輪の中心で先生とぼくが
並んで敬礼したまではよかったんですが
そのうち軍艦マーチのリズムに合わせて
こともあろうに先制の頭をピシャピシャと
たたいていたというんですが・・・
この話どうやら
山内さんの作り話じゃないかとぼくはにらんでいます。
いくらチンピラ役者でも、そこまではしませにょと思いながら
いや有りうることだな?とも考えています(笑)。

小津先生にかわいがっていただいたのは4年間という短い期間。
でもその出会いはトマトケチャップに缶ミルク、
チーズまで放り込む先生の大好きな「ごった煮鍋」のような、
すべてが持ち込まれた味わい深い日々でした。

愛しのチンピラ弟子に頭をたたかれて
さぞや巨匠もご満悦だったことだろう。
それにつけてもチンピラは惜しいことをしたネ。
「秋刀魚の味」が遺作となってしまったが
あと10年、監督が長生きしてくれたなら
俳優・三上真一郎のステイタスはグ~ンと上がったに違いない。
たとえ1年に1本でも10作品に出演できたのだから
偉大なバイプレイヤーとして
映画史に名を遺すことができたろう。

=つづく=