2016年3月15日火曜日

第1316話 小津の愛したダイヤ菊 (その10)

相方が目ざとく見つけたのは小さな四角いメニューボード。
そこにはオール¥300メニューが記されていた。
ハナからじっくり腰を落ち着けるつもりがないので
手軽、手頃、コンパクトな小皿・小鉢類は大歓迎だ。

たいした品数でもないから全て紹介してしまおう。

 冷や奴 小アジ唐揚げ
 長芋千切り ねぎサラダ
 レバー味噌漬け 菜の花ひたし
 チクワ天ぷら 油揚げ焼き

「好きなモン2、3品選んでいいヨ」
「そうお、ありがと、ちょっと待ってネ」
30秒ほどで菜の花ひたしと冷や奴がピックアップされた。
¥300メニューならば味の保証はともかくも
安くて早いことに間違いはなかろう。

居酒屋においては何はともあれ、
スッと出てくるつまりみが必要不可欠なのだ。
案の定、迅速であった。
ジョッキの生ビールがまだ半分近くも残っているからネ。

まっ、別段、特筆すべきこともない菜の花と豆腐を突つきながら
こちらも別段、特報すべきことがない互いの近況を語り合う。
少々ビールが飲み足りないので瓶を追加した。
生はスーパードライだったが瓶は黒ラベルになった。

300モノばかりでは格好がつかない。
通常メニューからも何かいっておきたい。
 吟味の結果、身欠きにしんともつ煮込みをお願いした。
 
同時にお待ちかね、ダイヤ菊への移行を試みる。
数種類が揃っているうち、
辛口ダイヤ菊二合徳利とリストにあったものを選んだ。
専用徳利で登場 
小津監督に倣い、熱めの燗でお願い。
互いに酌を返し合って盃を合わせる。
ふむ・・・、数十年前に一度飲んだ記憶があるものの、
どこの酒場だったかトンと思い出せない。
ましてや飲み口の印象なんぞトコトン忘れてしまっている。
 
あらためて此度、気合いを入れて口元に運んだものの、
際立った銘酒とも思えなかった。
思えなかったが小津作品の名場面、
たとえば「東京暮色」の小料理屋「小松」における、
女将の浦辺粂子と客の笠智衆、田中春男の顔を
思い浮かべながら味わってみると、
多少ありがたみが増したような気がしないでもなかった。
でもネ、信州の清酒ならば、
諏訪の真澄、あるいは木曽の七笑のほうを愛でるなァ。
 
=つづく=