2016年3月9日水曜日

第1312話 小津の愛したダイヤ菊 (その6)

1950~60年代のニューヨークには
自分がその時代をミスしているだけに憧憬に似たものを覚える。
往時の米社会には人種差別や異端蔑視など、
マイナー要因がまだ残っており、
ワスプをはじめとするセレブ以外の人々には
それぞれ住みにくさがあったはずだが
古き良き時代の香りに満ちていたこともまた事実なのだ。

スクリーンにその匂いを求めると、
2本の名作が真っ先に思い浮かぶ。
J・レモン主演、B・ワイルダー監督の「アパートの鍵貸します」。
A・ヘップバーン主演、B・エドワーズ監督の「ティファニーで朝食を」。
どちらも高校生のときに観たけれど、とてもいいよねェ。

もっとも「アパートの~」は初見からその良さが判ったが
「ティファニーで~」のほうは子どもには少々難しく、
理解できたのは大人になって再見したときだ。
同時期に観た同じヘップバーンの「シャレード」には
一発で魅了されちまったのになァ。

さて、結局は薬局、P子の殺し文句にあえなく轟沈。
つき合わされる羽目となった。
映画は「キャロル」@みゆき座であった。
みゆき座といえば現在は
すぐ近くのスカラ座の建物に引っ越して来ている。
こういうことってあるんですネ。

すでに日比谷の映画街から有楽座も日比谷映画も消えた今、
2館の存続は懐かしくもあり、心強くもある。
初めてのスカラ座は1965年の夏。
「太陽がいっぱい」のリバイバル・ロードショウだった。
一方のみゆき座はおそらく同年か翌年、
「嵐が丘」、あるいは「昼下がりの情事」だったと思う。
みゆき座は伝統的に女性映画をウリとしているのだ。

P子と待合せたのは帝国ホテルのロビー。
久々の再会だったが相方は肌の色艶もよく、
健やかそうで何より。
さっそく劇場に向かった。

向かったものの、
20分後に上映される直近の回はすでにチケット完売の憂き目だ。
いいでしょう、いいでしょう、これも想定の範囲内。
およそ2時間半を飲んで食べて語り合えば、それで済むことサ。

リクエストを訊ねると、
「おまかせするワ」の気のない返事。
火のないところに煙は立たず、気のないところにヤル気は立たない。
それでも頭の中を候補店がグルグル回り始めた。

丸の内「レバンテ」でかきフライと白ワイン。
銀座「竹葉亭」で鯛かぶと煮に上燗。
新橋の「直久」なら餃子と生ビール。
第一感はそんなところでありましょうか―。

=つづく=