2017年5月12日金曜日

第1621話 真子と白子の強力コンビ (その1)

ひと月以上も前のこと。
まだ桜花が散り切らずに
時折り風に吹かれた花びらが頭上に舞い降りていた。

その日は故あって二つの寺を参詣。
初めに訪れたのは白金のK寺だ。
隠れた桜の名所ながら近年、
多くの幹や大枝が伐採されて名所とは呼び難くなった。

次に向かったのが高輪のS寺である。
途中、四の橋商店街を通ると、
古びたスーパーマーケットの前で足が止まった。
胸の奥からなつかしさがこみ上げてくる。

ニューヨークから帰国した20年前。
棲み家を探すまでの2ヶ月ほど、
あちこちの友人・知人宅に居候を決め込んだが
そのうちの1軒が四の橋商店街の近くにあった。

世帯主は時間の不規則な仕事をしていたため夜が遅く、
朝早くに起き出すことはめったにない。
こちらは週末でも習慣からワリと早起き。
空きっ腹を抱えていつもやって来たのがこのスーパーだった。
「ホームマート四の橋」の店名を今初めて知った。
何を買い求めたのかよく覚えていないが
サンドイッチやおにぎりの類いだろう。

なつかしさに誘われて店内に足を踏み入れる。
見覚えのある空間は昔とほとんど変わっちゃいない。
高級住宅街には不釣り合いな古ぼけ方だ。
ザッと見回すと、野菜や果物はみずみずしい。
鮮魚類も悪くない。

鮮魚売り場の一つのパックに目が留まった。
真鯛のカブトとアラである。
よく目にする愛媛県産の養殖モノだ。
真鯛のアラはときどき買うが
つとめて天然モノに限定している。

驚いたことにパックには真子(卵巣)と白子(精巣)が
それぞれ半腹(1ピース)づつ入っているではないか。
真鯛の真子は助宗鱈のそれに酷似しており、
食味の点では若干ではあるものの、助宗を上回る。
そして白子はめったなことでは手に入らない。

こんなのを見つけちゃうと、
天然だの養殖だのとこだわってなどいられない。
これからレジ袋をぶら下げて歩くのは厄介だし、
立ち寄るお寺に生臭モノを持ち込むことにもなるのだが
真子&白子の強力ペアには抵抗すること能わず。
しかも値段をみたら300円少々ときたもんだ。
ハイ、即お買い上げと相成りました。

=つづく=