2017年5月30日火曜日

第1633話 多摩川渡って新丸子 (その5)

せっかく若鮎さかのぼる多摩川を越えて来たのに
巨肌を目前にして肩を落とすJ.C.であった。
追い打ちを掛けたのは三年前の悪夢である。

  ♪   あれは三年前 止めるアナタ駅に残し
     動き始めた汽車に ひとり飛び乗った
     ひなびた町の昼下がり
     教会のまえにたたずみ
     喪服のわたしは 祈る言葉さえ失くしてた  ♪
               (作詞:吉田旺)

ちあきなおみの「喝采」は1972年9月のリリース。
この頃、東京の街には
小柳ルミ子と吉田拓郎の歌声が流れに流れていた。
「瀬戸の花嫁」、「旅の宿」である。

それほどにヒットしたという実感がないまま、
年の暮れに「喝采」は日本レコード大賞を受賞する。
レコード発売から3ヶ月での受賞最短記録は
今でも破られていないが
こんなことって起こりうるんだろうか?

それはそれとして、あれは三年前。
ところは横浜の岩亀横丁だった。
JR桜木町からほど近いこの横丁に
誰が定めたのか市民三大酒場の一つ、
「常盤木」が暖簾を掲げている。

そこで供されたのが如何ともし難い巨肌であった。
あの生臭みは今でも忘れることができない。
おそらく自家製ではあるまい。
たまたま仕入れたブツが悪かったのかもしれない。
でも脳裏というより鼻腔に沁みついて離れないのだ。

そんなこんなを思い出してしまい、
すんなりと箸を付けること能わず、しばし呆然とする。
どうにか気を取り直し、一切れつまんでみると、
かすかながら三年前のモノよりよかった。

添えられた大葉の助けを借りつつ、
粉わさびにも協力を願って、取りあえずの肴とする。
心なしか落とした肩の位置が元に戻ったような気がした。
やれやれ。

再び品書きに目を移して
追加したのはめったに見掛けることのないえんどう豆。
これは珍しい。
もともと豆はあまり好きじゃない。
それでも珍しさに誘われて、つい注文してしまった。

=つづく=