2011年3月15日火曜日

残念でなりません

大地震発生から4日が経過しようとしています。
被災地ではいまだに救いの手が届かぬ方々が多数おられ、
報道にふれるたびに心が痛みます。

地震そのもののみならず、
二次災害の福島第一原発における燃料棒溶融も
世界中の耳目を集めています。
どうしてもチェルノブイリの悪夢を
人々の記憶が呼び起こしてしまうのです。

首都圏では計画停電に伴う鉄道の一部運休により、
正常な通勤・通学の足が奪われていますが
被災者の苦痛に比すれば、些少な不都合でありましょう。
今は一丸となって国民一人ひとりが
たとえささやかであろうとも
被災地のためにできることを成してゆくほかはありません。

それにしても数日前に
此度の前ぶれともいうべき前震に襲われながら
そし2004年末には
スマトラ沖地震の大津波を目撃していながら
その教訓を少しも生かせなった、無念です、残念です。

1960年に発生したチリ地震による津波でも
岩手県・大船渡市、宮城県・南三陸町(当時は志津川町)が
合わせて100名近い死者を出しています。
この世に神や仏が存在するとしたら
なぜにこのようなむごい仕打ちが繰り返されるのか?
天の所業に対しては、神も仏も無力なのか!
悲しみのあとから怒りがこみ上げてきます。

戦争を知らないわれわれの世代にとって
これほど多くの同胞をいちどきに
それも一瞬にして失ったことは初めての体験です。
一日も早く、一時もすみやかに
生存者の救出・保護が完遂されることを祈っています。

2011年3月11日14時46分。
あの瞬間の恐怖はこの目が見、この肌が感じ、
やがて深く悲しく、脳裏に刻み込まれました。
生きている限り、忘れられるものではありません。

あらためて犠牲者の方々に哀悼の意を捧げます。