2011年5月19日木曜日

第56話 夜の佳店が昼は凡店

神田は広い地域である。
やれ東神田だ西神田だ、それ内神田だ外神田だ、
ほかにも個別の名前を持った小さな町も多い。
いまだに古い町名がいくつか残っており、
浅草~丁目、銀座~丁目、新宿~丁目、
そういった味気なさがないだけでもよい。

神田小川町・神田淡路町・神田司町と
3つの大きな交差点をつなぐ三角地帯の内側に
明治38年創業の縄のれんがある。
酒場好きなら一度は敷居をまたぎたい「みますや」だ。
明治時代が舞台の映画なんか、
すぐロケができるほどの風情が醸されている。

軒先の赤ちょうちんに”どぜう”の3文字。
人気のつまみはどぜうの丸煮だ。
下町の専門店とは比べるべくもないが
どぜうはもともと大衆的な庶民の味覚。
気取りを捨てて突っつきながら酒を酌み交わすのが一番。
酒盃を交わす相手がいなければ、独り酒もまたよしである。

もう一皿は馬肉の刺身、そう、さくら刺しがよい。
千代田の城の膝元でどぜうと桜肉を同時に味わえるのは
願ってもない幸運と受けとめるべきで
本来は深川や吉原まで脚をのばさないといけない。

隣り町の美土代町で所用を済ませたのが12時過ぎ。
「みますや」のランチ営業を思い出して迷わず向かった。
夜の訪問ですらトンとご無沙汰だから
昼めしは何年ぶりだろうか、少なくとも5年は経過していよう。

そうだ、そうであった、ここはセルサービス。
トレイを持って大テーブルのおかずを選ぶシステムで
値段は昔と変わることなく一律750円。
いや、カキフライだけは850円と100円高かった。
選べるのは主菜と小鉢、それに豆腐味噌汁と白菜漬が付く。

さば味噌煮、ホッケの開き、アジフライ、チキンカツなどから
イメージとして店にふさわしい穴子の煮付けをチョイスする。
細身にして小ぶりの、いわゆるメソッ子と呼ばれる穴子は
鮨屋よりも天ぷら屋で重宝されるサイズ。
小鉢代わりの野菜サラダをトレイに乗せ、
熱い味噌汁と、このところ昼は食が細っているため、
ごはんを軽めによそってもらい、相席となるテーブルへ。

自分でほうじ茶を湯呑みに注いだら
まずは穴子の尻っ尾のほうを一口。
ありゃりゃ、ずいぶん冷たいじゃないの。
これじゃ、気持ちまで冷え切っちゃうよ。
悪いことは重なるもの、ごはんがチョー柔らかい。
何が嫌いって、ヤワいメシほど嫌いなものはない。

かくして夜の佳店が昼は凡店に堕することを確認。
やっぱり明治生まれの老舗では
どじょっこだの、馬っこだの、食うモン限ると思うべナ。

「みますや」
 東京都千代田区神田司町2-15
 03-3294-5433