2011年5月25日水曜日

第60話 渡り鳥いつ帰る

久保田万太郎が永井荷風の短編小説3篇を
構成して生まれた映画、「『春情鳩の街より』 渡り鳥いつ帰る」。
1955年の作品はカフェー街、はやいハナシが紅燈街、
もっとはやくいえば赤線地帯の鳩の街を
舞台に繰り広げられる人間ドラマである。

鳩の街は墨田区に現存する地区。
今では寂れに寂れ果てていても
それなりの雰囲気を醸すカフェや喫茶店が
まだ数軒、つつましやかに営業を続けている。

昨今の邦画界でオールスターキャストは死語。
往時、“赤穂浪士”や“連合艦隊”をテーマにした作品では
豪華キャストを楽しめる機会がたびたびあった。
しかしながら赤線地帯が舞台の映画で
豪勢なキャスティングはほとんど記憶にない。

「『春情鳩の街より』 渡り鳥いつ帰る」の女優陣は
柳橋の花柳界を舞台にした「流れる」(1956年)と双璧。
田中絹代・高峰秀子・淡路恵子・岡田茉莉子・
桂木洋子・久慈あさみ・水戸光子・浦辺粂子に加え、
子役だった二木てるみまで登場する。
ほとんどの女優が春をひさぐ役柄ときては
一度でいいから客になってみたかった。

花街・紅燈街の主役は女性、男優が手薄となるのは当前。
森繁久弥が唯一の主役男優だがラストには溺死する。
意外な結末が久保田万太郎自身の末期に
シンクロナイズしないこともない。
赤貝が苦手だった万太郎はパーティーの席上、
その赤貝のにぎり鮨を無理してほう張り、
飲み込もうとした結果、窒息死してしまう。
嘘みたいな死に方だが、これを笑ったら故人に礼を失っしよう。

GWさなかの一日、陽光うららかな午後の散歩は不忍池池畔。
この時期、渡り鳥は北に帰って水面が急にさみしくなる。
池の主役を張ったオナガガモも
脇役をこなしたキンクロハジロもすでにいない。
ところが1羽だけ見慣れぬ鳥がいた。

チョコレート色の目の周りと頭

これはいったい何モノだ! パンダ鳥なんか見たことないぞ!

帰宅後、調べてブッタマゲた。
この鳥は普段よく見掛けるユリカモメだったのだ。
赤いくちばしと脚が特徴のユリカモメは
眼光鋭いカモメの仲間にあって、唯一やさしい眼差しの持ち主。
実は冬と夏では羽毛が生え変わり、夏羽がこれである。
ユリカモメが渡り鳥とは知らなかったが
仲間に取り残され、衣替えだけを済ませたらしい。
まさか隣りの動物園に到来するパンダを仲間と思い、
待ってたわけでもあるまいに。

カモメよカモメ、独りでさみしくないのかえ?
北へはいったい、いつ帰る?
どうにもこうにも気になって仕方なく、
その2日後、池に舞い戻ってみると、
パンダカモメはもう何処にも居なかった。
よかった、よかった、今頃ロシアかアラスカか?
ホッと安心したついでに歌いたくなったのは
♪ 安堵、アイ・ラブ・ハー ♪
ビートルズのナンバーでしたとサ。