2011年6月6日月曜日

第68話 観音裏に鐘が鳴る (その1)

浅草寺の裏手、言問通りを渡るとそこは観音裏。
浅草の花街といえばここである。
すでに多くの料亭が店をたたんでしまい、
往時の華やぎを偲ぶよすがとてないが、
芸者衆を差配する見番は今もなお健在。
つい2~3年前までは夜な夜な出掛けたものだ。
それがこのところ、生活パターンと出没エリアが変わってしまい、
トンとご無沙汰気味で不義理している店も少なくない。

一夜、マニラ在住の飲み友だちで
帰国中の半チャンと久々に浅草へ。
彼のめし友だち、Sのぶチャンも一緒である。
雷門に近い「志ぶや」の小上がりでくつろいだあと、
彼らの願いで以前よく通ったスナック「N」に流れた。
観音裏で飲むと、妙に落ち着くから不思議だ。
相性と言おうか、身体がなじむとはこういうことだろう。

ハナシは変わり、ついでに相手も変わる。
咬みつき亀の友里征耶からまたもやディナーの誘い。
平穏な日々を毎度かき乱すのがこの薄髪の吸血鬼である。
最近、どことなく元気がないのは心に屈託を抱えているか、
身の上に何か不幸な出来事でも起こったに相違ない。
弱ってるヤツをムゲに扱うとあとの祟りが怖いから
しぶしぶつき合ってやることにした。

何でもJ.C.と食事をともにしたいという、
奇特な女友だちがいるそうだ。
一応、それが声掛けの言い訳だった。
「下町だったらいいけど・・・」―条件を付けたら
観音裏のフレンチ、「オマージュ」を予約してきた。

「オマージュ」かァ、しばらく行ってないなァ。
ここの料理は好きだし、浅草にこれ以上の仏料理店はない。
イタリアンの「カリッスィマ」と並び、浅草の横めしの双璧である。
ここ数年、精彩を欠いているロシアンの「マノス」を加えて
以前は横めし御三家を形成していたものだ。

見番に近い場所に移転してからは初訪問。
二人の到着を待つ間、
ワインリストに目を通しながら冷たいビールをクククイッと。
銘柄はキリンのハートランドのみ。
移転前は生だったが現在は小瓶になった。
バー周りが手狭になった様子だ。

亀のツレの女性は笑顔の可愛いS藤サン。
奴サンにしては上出来のパートナーでご同慶の至り。
フム、亀もなかなかやるじゃないの。
淑女はグラスのシャンパーニュ、野郎どもはビールで乾杯。
彼ら二人は数週間前にも来店しており
その夜はコースだったので此度はアラカルトを希望。
むろん当方とてアラカルトに異存はない。
メニューの幅はさほど広くないものの、
惹かれる料理が勢揃いして、思わず舌なめずりである。

=つづく=