2021年11月17日水曜日

第2887話 昼もひらめ 夜もひらめ (その1)

東京の東のはずれは江戸川区。

そのまたはずれの篠﨑で

都営新宿線の電車を降りた。

江戸川の川底をくぐって

もひとつ先は終点の本八幡、千葉県・市川市だ。

 

駅から真西に進路を取って急ぎ足。

鮮魚店直営の食堂「魚昭」には先刻電話を入れた。

のちほどおジャマする旨伝えると

「待ってますよぉ!」

オバちゃんはずいぶん元気だ。

 

出掛けに手間取ったのと

乗り継ぎに手こずったのとで

ランチ営業時間内にたどりつけるかどうか、

ビミョーな時刻になっていた。

 

店は柴又街道沿いの小岩消防署裏で地番が鹿骨。

なんだか不気味な町名じゃないか―。

足立区・鹿浜は“しかはま”だが

江戸川区・鹿骨は“ししぼね”と訓ずる。

 

今は昔、藤原氏が奈良・春日大社を創建するとき。

常陸の鹿島神宮から分霊があったのだが

その際に多くの神鹿を連れて奈良に向かった。

途中で没した鹿をこの地に葬ったのが地名の由来だ。

 

1345分に到着。

「さっき電話くれたお客さん?」

「ですっ」

オバちゃんじゃなかったヨ、オバアちゃんだヨ。

それにしても元気だなァ。

 

サカナ屋さんの二階に上がった。

眺めの良い部屋で待ち受けていたのは

♪ 長い髪の少女  孤独な瞳 ♪

じゃなくって、明るい瞳の少女は

高校三年生くらいかな?

 

「お客さん、遠くからですか?」

「文京区から来たんだヨ」

文京区が判ったかどうか判らんが

「迷いませんでした?」

「うん、ちょっと迷った」

「私も知らないとこだと迷います」

「そりゃそうだネ」

 

素直な好い子はオバアちゃんの孫娘。

取って付けたお愛想ではなく、

心からあふれ出る真実の愛想があった。

 

一番搾りの中ジョッキを通しておいて

ハゼ天ぷら定食(770円)と迷った末、

ひらめフライ定食(880円)を半ライスでお願い。

あらためて壁に窓にズラリ貼られた短冊を眺めた。

 

=つづく=