2012年10月30日火曜日

第436話 昼下がりの江戸前鮨 (その2)

浅草の「三角」は大衆ふぐ料理の佳店。
はす向かいにある「紀文寿司」のつけ台にいる。
今にも倒れそうな木造建築、
つけ場に立つのはこれまた今にも倒れそうな親方。
奥のテーブル席では齢85を超える親方のおっ母さんが
しばし身体を休めていた。
 ♪ 休憩だよ おっ母さん ♪
てな状況だ。
この母子、見ようによっては夫婦に見えぬこともない。
数年前に大病した倅が激ヤセして老けちまったからネ。

ビールのハナシであった。
アサヒの本拠地の浅草だっていうのに
キリンラガーとエビスの品揃えとはこれ如何に?
わが質問に応えて親方曰く、
「以前はキリンとアサヒを置いてたんだけど
 アサヒは誰も頼まなかったのヨ」―
ハイィ~ッ、この言葉、にわかに信じがたかった。

人の好みは十人十色、さりとてそんなに差がつくもんかネ。
第一、ここには15年以上も通っているが
アサヒなんざ見たことないぜ。
「親方、それって何年前のこと?」
「う~んとぉ・・・30年くらいかねェ」
とっとっと、これだから浅草っ子はイヤになっちゃう。
時間軸の把握というものがからっきしダメなんだ。

確かにあの頃のアサヒは不味くて飲めたもんじゃなかった。
数年前に復刻版を飲んでみたが
半ダースまとめ買いしたことを深く悔やんだもの。
スーパードライの発売は確か1987年だから
ビール業界の地図を塗り替えた商品を
四半世紀のあいだ、まったく無視し続けているのだ。

キリンラガーを注ぎ合って乾杯。
突き出しは小ぶりのサザエ、
いわゆる姫サザエを酒と醤油で炊いたもの。
爪楊枝でクルリンとねじり出してパクリ。
肝を置き忘れちゃもったいないからネ。

つまみは薄く切ったカサゴ刺しにあぶった墨いかゲソ。
あとはヒモ付き青柳と小柱である。
N藤サンは〆張月、J.C.は菊正宗の上燗に切り替えた。
にぎりの前にもう一品ということで親方オススメの渡り蟹を。
モノがよいから楽しめたが、かなり手数が掛かった。

漬けしょうがをチョイとつまんでにぎりへ。
酢アジ、小肌、煮いかと食べ進む。
「紀文寿司」は生のアジなんぞ出さない。
「弁天山」もしかりで元来江戸前鮨とはそいうものだ。

マイ・アドバイスによりここでN藤サンが
煮はまぐりとはま吸いをはさんだ。
これは訪れたらぜひの逸品なのだ。
大ぶりのにぎりにつき、そうそう数はこなせない。
この日のベストだった穴子と酢めし抜きの玉子で締める。
本格的な江戸前鮨に相方は喜色満面。
明日には山陰の水都にご帰還あそばされる。
お言葉に甘え、ご馳走さまでありました。

「紀文寿司」
 東京都台東区浅草1-17-10
 03-3841-0984