2013年5月21日火曜日

第581話 漱石の愛した菓子舗

今年も根津神社のつつじ祭に赴いた。
大型連休の一日とあって人出も並大抵ではない。
人混みに気おされてしまい、つつじのお山には入園せず、
しばし境内を散策したあと、夏目漱石が気に入りの和菓子輔を訪れる。
そう、日医大の坂を上ったところにある「一炉庵」である。

ショーケースに銘菓居並ぶなか、この店の名代は生菓子に尽きる。
去年のお正月、月刊誌「CIRCUS」の依頼で
「文豪の愛したお菓子」と題し、「一炉庵」を紹介したことがあった。
編集者・O野サンの取材を参考にした掲載文を抜粋して転載したい。

 英国留学から帰った直後、漱石が住んだ千駄木町。
 そのそばにあった「一炉庵」の季節感あふれる生菓子は
 年間400種にも及ぶが季節に整合させるのではなく、
 梅花の生菓子ならば、花ほころぶ前に販売し、
 咲いた頃には店頭から消える。
 本物の梅の美しさには勝てない。
 「そろそろ梅の季節なのネ」と並んだ菓子に
 季節感を感じていただくのがもてなしの気持ち。
 粋な心意気といえよう。

漱石の菓子好きについてはこう書いた。

 明治の日本人は驚くほど米飯を食べた。
 それも朝・昼・晩と3度の食事のすべてにおいて。
 その合間を縫い、和菓子・洋菓子を食べ続けたのが胃弱の漱石。
 胃潰瘍で没したが、あれでは健康人も病気になろう。
 食パンに砂糖を塗って(乗せて)何枚も食べたというから
 現代人の想像を絶している。

さて、今年の春の日である。
ポカポカ陽気に浮かれ出て
菓子好きでもないJ.C.はくだんの生菓子を四つも買っちまっただヨ。
まずはとくとご覧あられたし。
緑鮮やかな柏葉ともっと紅鮮やかな端午
どうです?食べるのがもったいないくらいでござんしょう?
岩根つつじと鯉のぼりが可愛らしい
4品ともまさに季節をとらえて「お見事!」と賞賛するほかはない。

菓子箱を抱えて散歩の継続である。
団子坂下を右折すれば三崎坂(さんさきざか)。
穴子鮨の「乃池」や異色の喫茶店「乱歩」のある坂だが
そこまでは上らずに「菊見せんべい」を過ぎたらすぐに左折した。
ほどなく谷中のよみせ通りだ。
通りの中ほどを右折して谷中銀座、そのまま夕焼けだんだんを上がった。

日暮里から京成電車に乗って芭蕉ゆかりの千住大橋へ。
北千住の「食遊館」で晩酌のつまみを買い求め、意気揚々と帰宅に及ぶ。
一杯、いや三、四杯、いやいや五、六杯が正しいけれど、
気持ちよく飲って、飯は食わずに皐月の銘菓を楽しむことにする。
もったいないなどと言っときながら、しっかりと完食いたしやした。

「一炉庵」
 東京都文京区向丘2-14-9
 03-3823-1365