2013年10月17日木曜日

第688話 越前そばには大根おろし (その1)

今もわずかに花街の匂いを残す神楽坂。
厳密に言うとJR飯田橋駅前の坂下から
大久保通りと交差する坂上までの早稲田通りを神楽坂と称する。
その1本北側を平行して走る短い通りが芸者新路で
神楽坂仲通りと本多横丁を結んでいる。

オツなネーミングの芸者新路をぶらぶら歩いていて
ふと目にとまったのが「九頭竜蕎麦」。
九頭竜と聞くと、九頭竜伝説なんぞも思い浮かぶが
第一感は福井県の九頭竜川に九頭竜ダムだろう。
その名を冠するそば屋だから
これは当地の越前そばを供する店に相違なしと踏んだ。

わさびには人一倍うるさいJ.C.だが
それは鮨や刺身に関わることで
そば屋においてはあまりこだわらない。
もっとも本わさびがあれば越したことはないけれど、
粉やニセの場合は無視するから、そば屋ではどうでもいいのだ。
個人的に日本そばにはわさびよりも大根おろしのほうが合うと思う。

福井県の越前そばに大根おろしは欠かせない。
信州そばもおろしとの関わり浅からぬものあれど、
越前そばほどではなかろう。

その日は日曜日。
「九頭竜蕎麦」に遭遇したのは昼めしどきだった。
ちょうど落ち着き場所を物色中で渡りに舟と入店した次第だ。
休日につき、昼間からビールを1本。
つまみはちょいと気になった越前海老の刺身を所望した。
一般的にはガサ海老と呼ばれる
わりと大型だが見映えはパッとしない。
味のほうも似た食感のボタン海老より落ちるし、
北海縞海老には到底およばない。
それでも寒流に棲む海老特有のトロリとした甘みを備えていた。
混ぜわさびがものスゴく利いて涙がこぼれそう・・・。

これまた福井名物のソースカツを追加すると、
接客のオニイさんが親切なことに半人前でも可だと言う。
この一言がありがたく、即ハーフポーションをお願いする。
豚肩ロース使用のカツは薄め
あっさりとしたソースだれにくぐらせてあり、これはなかなかだ。
思わずビールのお替わりである。

厚みのある品書きをめくっていたら
”ふくいの味”と称して、らっきょとすこというのがあった。
らっきょは誰でもすぐ判る、らっきょうであろう。
だが、すこというのはいったい何だろうか?
先刻の親切なオニイさんを手招きで呼び戻した。

=つづく=