2021年12月14日火曜日

第2906話 想い出の旧山手通り (その1)

東急東横線に乗ると、渋谷から一つ目の代官山。

男が一人で来てはいけない街に独りで来てしまった。

かつてたびたび現れた街なのに15年は来ていない。

本来、東京の東側を地盤とする身だが

西側も例え肌の合わない下北沢や自由が丘ですら

それほど間を空けず、出没するのに―。

 

駅の近くを旧山手通りが走っている。

鑓ヶ崎の交差点から神泉町まで

たかだか2kmの道筋。

ふり返れば、此処に想い出が詰まっていた。

 

今日のランチは旧山手の入口にある、

「ル・コントワール・オクシタン」。

フランスの南西部、

オクシタニー地方の郷土料理を出す店だ、

 

コントワールは仏語でカウンター。

実際はテーブル席のほうが多いものの、

せっかくなのでコントワールの右隅に座った。

さっそくビールを通そうとしたところ、

ボトル入りの水が卓上に置かれ、機を逃す。

 

グランメニューにオクシタニーの首府、

トゥールーズ名物のカスレがあったが

ランチのリストからもれている。

もっとも昼食べるには重い。

 

トゥールーズにはエアバスの本社があり、

欧州航空宇宙産業の中心だが行ったことはない。

南東80kmに位置する城塞都市、

カルカソンヌは1974年に訪れた。

トゥールーズでガロンヌ川から分かれる、

ミディ運河の景観美しい街だった。

 

さて「オキシタン」では本日の煮込み料理、

鶏肉と野菜の粒マスタード煮をお願い。

ほどなくサニーレタスのサラダと

バタールがサーヴされた。

 

煮込みには神保町「ラドリオ」のカレー同様に

まばらなチキン、そして豊富な野菜類。

とりわけ大根とにんじんが幅を利かせている。

ほかに、玉ねぎ・カブ・セロリ・白菜・しめじ。

鶏肉は少なくてもチキンの出汁はじゅうぶんだ。

 

コックコート姿の外国人シェフが

テーブル席の常連客だろうか、挨拶に出て来た。

ん? んん? 

あっ、そうだ、そうだった!

耳の奥で竹内まりやの声が聴こえ出した。

 

♪  見覚えのある コックコート

  昼過ぎの店で 胸が震えた

  おそい足どり まぎれもなく

  昔会っていた あの人なのね ♪

 

あれは36年前、1985年の或る夜だった。

 

=つづく=